2×1×0×_成城にてうちあわせ_5

記憶の書
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これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。

1

配属されてすぐのSは、何も知らなかった。

前任の女性が休職していること。引き継ぎが書類だけであること。わかっていたのはその二つで、理由は聞かされていなかった。

二大手の広告制作会社を出た人だったらしい。周年のグッズや記念誌を手掛けていたそうだ。

2

理由は、いくつかの場所から届いた。

ひとつは、複数の同僚と教員からの連絡だ。示し合わせたわけでもないのに、同じ話が違う口から届いた。組織の中で同じ話が別々に届くとき、たいていそれは前から共有されている。

もうひとつは、前任の女性自身の文章だった。

3

どこで見たのかは書かないでおく。共有のどこかに、消し忘れのように残っていたそうだ。用件の連なりの最後に、急に文体が変わる箇所があった。

わたしは、あの方のやり方をどうしても認められません。誰にも見えないところだけで、少しずつ削られていきます。声を荒げられたことは一度もありません。

出した案は、必ずどこかで止まります。止めるのは決まって、内部の方です。理由は説明されません。そして、事実はねじ曲げられ、面白おかしく共有されます。

前の職場の人たちは、行ってこいと言って送り出してくれました。あの人たちに顔向けができません。それがいちばん、こたえています。

それだけだった。前後に説明はなく、誰に宛てたものかもわからない。

4

なるほど、と思ったらしい。

企業Dからの出向者と、上の人。図の上には出てこない線がある。箱と箱のあいだに、矢印の描かれていない線が引かれている。

とてもよくできている。なるほどね。

なるほどね、というのはNの口癖だ。僕がそれを使うようになったのは、たぶんこの話を聞いた頃だと思う。順番が逆に見えるかもしれないが、記憶というのはそういうふうに前後する。

5

このときSさんが聞かされた話には、続きがある。人の見た目のこと、前の結婚のこと、その相手の職業のこと。誰かの人生の説明として、それらしく整っていた話だ。

だから線は引かない。ここには箱だけ置いておく。

配属された人間に対して、前任者の私生活が最初に届く。それは、その職場が何を扱っているかということだ。

Sさんはその朝、自分がどの箱に入れられたのかを知った。

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この記事を書いた人

白晝堂々(はくちゅうどうどう)

作編曲家/電気主任技術者

YNU→半導体メーカー→再エネ事業→限界フリーランス

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