これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
組織はよく閉じた回路を持っている。
内部通報の図を描いてみるとわかりやすい。四角い箱と矢印が並び、通報者は左端のいちばん小さい枠に置かれる。電話、書面、ファクス、面会。どの手段を選んでも、矢印はひとつの場所に集まる。通報を受け付ける窓口だ。
2
図の上では、そこから内部監査室に報告が上がる。常務理事と法人事務局長が協議し、調査委員会が置かれ、事実調査が行われる。結果は理事長に報告され、不正がなければ通報者に調査結果が通知される。不正があれば是正措置と再発防止措置が通知され、関与した者に処分が下る
よくできている。線は一本も途切れていない。
3
ただ、この図には前提がある。すべての矢印が、はじめのひとつの箱を通るということだ。
その箱を預かる人が、通報される側と近ければ、あとの箱がどれだけ整っていても関係がない。蛇口を握っている人が、水を流したがるとは限らない。線は描かれているが、そこを何が通ったかは外から見えない。
そうだった。手続きは全部あった。あって、動かなかった。そこで行き止まりになった。
4
Sさんは、その回路の外側で、日付とやりとりを重ねていた。
図の外に残された記録だけが、図が動いたかどうかを後から確かめられる材料になる。
Nは図を眺めて、どの箱に決める力があるのか、とだけ聞いた。
