これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
そういうことね。
例の人については、影響力がなくなってからのほうがいい。Sはそう考えている。
金を取りたいわけではない。それはずっと一貫している。
2
Nに聞いてみた。待つという判断について、どう思うかを。
一般論として、とNは前置きした。待つほうが通りやすくなるのは事実だと。周りの忖度が動くものなら、その元が消えたあとのほうが、調べも証言も取れる。
条件は二つだと言った。
退任までのあいだに、記録が消えないこと。退任で、実際に影響力が切れること。
後任が本人の系列なら、椅子が空いただけで何も変わらない。退任後も別の肩書きで残るなら、なおさらだ。
3
ただ、請求できる期間には限りがある。そちらは別に数えておくこと。
どちらも満たすなら、待つのは合理的だとNは言った。
それと、いまのうちにできることがある。一通、出しておくこと。あったかどうかだけを聞く。何も求めないし、何も諦めない。
返事が来なくても、来なかったことが残る。
日付の書き方は、最後まで変えないこと。
それだけ言って、氷の溶けかけたグラスを回していた。
4
もうひとつ、理由がある。こちらのほうが大きい。
中には、世話になった人がまだたくさんいる。
5
だから条件はもう一つある。
その人たちに、絶対に何も及ばないこと。
一人でも仕事を失うなら、意味がない。
順番は、そこから逆算して決めている。
6
待つというのは、何もしないことではない。
記録が消えないように置いておくこと。消えたときに、消えたとわかるようにしておくこと。そのあいだ、日付を重ね続けること。
