ホワイト私立大学職員を半年で辞めた件

記憶の書
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はじめに

東京の私立の学校法人に、職員として勤めていたときの話をします。

ニッチな職業で、情報も少ないと思うので、興味がある人の参考になればと思って書いておきます。

なぜ転職したのか

その前は、関西の大手電機メーカーにいました。

ちょうど会社の経営が傾いて、海外の企業に買収された頃。ボーナスが満額出ない年が何年か続いて、先も見えない。太陽光の仕事にも、やり切った感が出はじめていました。

資格は、電験、エネ管、簿記、TOEICなど、いろいろ持っていました。これまでの人生と関わりのあることで、いろんな職種に触れてみたい。

若い頃は教員になりたくて、教職も取っていました。人が育つ場所で、いろんな仕事をしながら、それぞれの専門性を深めてみたい。そう思って、軽い気持ちで試験を受けてみることにしました。

試験について

条件は、大卒であることと、年齢の上限があったと記憶しています。春にエントリーシートを出して、夏にかけて選考、秋から勤務というスケジュールでした。

◽️エントリーシート
一校しか出していないので他はわかりませんが、A4両面に、志望動機や自己PRなど、よくある項目を書きました。

◽️一次面接
面接官2人。30分。自己PR、志望動機。世間話。

◽️二次試験
うろ覚えですが、筆記だけでした。講堂。学園紹介のビデオ。暗くなって、明るくなる。筆記。SPIではなく独自の試験で、英語、数学、論文、あと創立者の名前を答える問題、みたいな。

◽️三次試験
面接官5人。45分。自己PR、志望動機。世間話。どんなことをやってみたいか。ほかにどこを受けているか。

◽️最終面接
面接官は理事長や事務長。20分くらいで終わった記憶があります。

一週間後くらいに内定の連絡。あとから聞いた話だと、倍率はかなり高かったそうです。

同期について

同期は数人。みんな中途で、銀行、公務員、食品メーカーなど、いろんな業界から来ていました。バックオフィスの経験者が多いんだなぁと思いました。

入ってみて

人は、基本的にいい。穏やかな方が多くて、いまでも飲みに行く人が結構います。

給料は高い。俸給表を見る限り、役職なしでも40歳で一千万は余裕で超えます。休みも多くて、夏休みと年末年始は特に長い。ノルマもない。営業しなくても、学生は来る。

ただ、ここで何が身につくのかは、ずっとわからなかった。学校法人にしかない仕事が多い。情報システムとか管財に行けば、少しは違ったのかもしれません。

若手はよく辞める。原因と結果のどちらが先かはわかりません。自分の少し上の世代でも、半分以上がすでに辞めていて、元の業界に戻っていった人が多かったです。

机が一つずつ、空いていった。

さいごに

何回かに分けて書いていく予定です。最近もいろいろメッセージをいただいていますが、個人的に聞きたいことがあれば、気軽に連絡ください。できる範囲でお答えします。

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この記事を書いた人

作編曲家/電気主任技術者

YNU ☉⁠➛ 太陽光 †⁠➛ 学校 ⏚⁠➛ 半導体 ∴⁠➛ 独立

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