これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
名刺も、ここで頼めるよ、と人事課の同期は言った。初めての人は、二週間くらいかかるらしい。
2
二週間して、机に名刺の箱が届いていた。何枚か、上着の内ポケットに移した。
3
打ち合わせは、彼が僕の予定に入れていた。駅の、ホームへ下りる階段の手前の柱に巻く広告と、記念の乗車券の話だ。
年上の人と、若い人と、刷り出しを持った人が来た。総合管理棟の二階、左手の応接室に通した。
若い人が、よく通る声で、箱根の紅葉がちょうど見頃だそうです、と言った。五分たっても、彼は来ない。
4
年上の人が立ち上がって、名刺を両手で差し出した。頭を下げたまま、待っている。名前は、年上の人の親指に半分隠れていた。見えたのは、田、の一字だけだ。
内ポケットから一枚出したとき、扉が開いた。彼は三人に頭を下げて、ハンカチで額を長く拭いた。それから、僕の手元を見た。
僕は名刺を渡して、若い人とも交換した。
5
打ち合わせのあいだ、彼は僕を一度だけ、君、と呼んだ。終わって、もらった二枚の名刺を、彼の机の上に置いた。
ナカノなら、名刺二枚で大騒ぎするな、と言うだろう。
