これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
ローゼは、商店街の一番奥、二階にある。
音楽の仕事を辞めたあとに作った店らしい。五席しかない。キエさんが一人でやっていて、常連が二人入ればもう埋まる。埋まっても狭く感じないのは、みんな声を張らないからだと思う。常連はキエさんと呼ぶ。由来は誰も知らない。
2
棚には瓶が並んでいる。シングルモルトだけで数え切れない。数えたことはないそうだ。奥にはCDが詰まっていて、その手前に真空管のアンプが置いてある。瓶の列の上には、ポットが五つ六つ並び、画集が立てかけてある。猫の置物が一つ、こちらを向いている。
壁にはギターがかかっている。どうやら壊れているらしい。今度、安いのでいいから買ってきてよ、と前から言われている。まだ買っていない。
3
いまはコルトレーンの Say It (Over and Over Again) が流れている。1962年のバラード集の一曲目だ。こちらの話とは関係がない。関係がないが、何度でも言ってくれ、という題の曲が鳴っている部屋で、僕らは同じ話を何度もしている。
4
初めて来た人にも、常連が先に声をかける。そういう店だ。公共性を帯びた顔の人が座っていた。誰も振り向かなかった。
だから僕らは、あの話をするのにこの店を選んだのだと思う。
