これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
学園祭の日、Sと僕は写真を頼まれていた。海外から来た若いピアニストが、講堂で一曲だけ弾くことになっていた。
部署に一台しかないカメラは、棚になかった。貸出の帳面には、朝の時刻と、よその部署の名前が書いてあった。
Sは帳面を閉じて、どうする、と言った。
2
人事にいる同期が、隣の駅の近くに住んでいた。休みの日に写真を撮る人だった。
昼休みに、同期と家まで取りに行った。ストラップが短く、Sが首にかけると胸の高いところで止まった。
3
正門をくぐってから、講堂までは遠かった。着いたころには、客席はもう暗くなりかけていた。前のほうの列に、上の役職の人たちが、見たことのない服で座っていた。隣には、それぞれ連れの人がいた。
舞台の袖のスピーカーから、鉄のパイプを殴っているような音が鳴りはじめた。学園祭のあいだ、新しい校舎の工事は止まっているはずだった。
殴る音には、かすかなモジュレーションがかかっていた。少し聴いて、Motkという日本のバンドの曲だと分かった。
音は少しずつ形を変えて、ピアニストが最初の鍵盤を押す前に消えた。
弾いたのは「最後の晩餐」だった。
Sは通路の端にしゃがんで、シャッターを切った。音がしなかった。
4
途中で、窓の外から剣道部の声が入ってきた。
後ろの列で、図書館のナギスケが一度だけ腰を浮かせかけて、座り直し、それから立った。部長も立った。二人は背をかがめて扉を出ていった。
戻ってきたナギスケの、袖をまくった白いワイシャツの胸に、Supremeの赤いボックスロゴが透けていた。
Sが小声で聞いた。なんて言ったの。
声、ない。竹刀の音、ない。もういい?
Sは下を向いた。
5
演奏は短かった。拍手のなかで、前の列の上の役職の人たちが、連れの人の肩に上着を掛けていた。
講堂を出ると、新しい校舎の囲いの向こうは静かだった。

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