これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
ある日、Sは経理課の同僚に声をかけられたそうだ。
ある年度の伝票について聞きたいという。発注の金額と、その理由。
ああ、それなら窓際のキャビネットの二段目だね。Sはそう答えて、席を立った。
2
その部屋のことは、何度か聞いた。机を島にして並べてある。奥から手前に向かって、いくつかの島が続く。縦型のブラインドは、どの窓も同じ角度で閉じていた。
どの島にも、同じ紺色のリーフレット立てが置いてある。寄付のお願いだ。余白の取り方が、玄関に積んであったものと同じだった。金色のポストをかたどった箱が、その横にある。
窓際のキャビネットは、ある席のすぐ左隣にあった。扉に当番表と内線の一覧が貼ってある。上には段ボールが積んであった。
青いバインダーを引き出した。同じものが棚に何十冊も並んでいる。背のラベルは全部、同じ書式だった。ページを繰った。
そこまでだったという。
3
紺色の椅子が飛んだ。キャスターが鳴って、壁で止まった。
飛び出してきた。三歩あった距離を、たしかに走ったとSは言う。事務室の中を、走ってきた。
上司の許可なく発注関連の書類を開くものじゃない。
バインダーは彼の手の中にあった。声は大きくなかった。島の向こうの誰も顔を上げなかった。
指導だった。
4
前にいた会社では、そういうことはあり得なかったとSは言った。監査が入る。発注まわりを閉じたままにしておくこと自体が、禁じられていた。
中に何があったのかは、Sも知らない。僕も知らない。
僕らは笑った。笑うところなのかは、よくわからなかった。

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