2×1×0×_成城にてうちあわせ_17

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これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。

1

キエさんの店には、伝票がない。

何を何杯飲んだかは、キエさんが覚えている。帰りぎわに一度だけ言われる数字は、僕の覚えている数とたいてい合う。合わないときは、キエさんのほうが正しい。

2

前は音楽の仕事をしていたらしい。何をしていたのかは、誰も聞かない。

音を聴くとき、キエさんは首を少しだけかしげる。

店には、スピーカーが四つある。鳴っているのは、いつも二つだけだ。

一度だけ、Sがレコードの話をしたとき、キエさんは針を上げて、盤を光に傾けた。溝の幅が、そこだけ少し広い。ここ、と指さしたのは、曲と曲のあいだだった。

3

灰皿には、いつも吸いかけが一本ある。キエさんの煙草は、置いておくと勝手に消える。消えると、また点ける。

瓶はラベルを手前に向けて並んでいる。一本だけ、ラベルが奥を向いていた。理由を聞くと、キエさんは、まだ開けてないから、と言った。

4

キエさん、という名前の由来を、常連は誰も知らない。

Nがそれを聞いたことがある。

キエさんは笑って、名前は呼ばれるためのものでしょう、と言った。それ以上は言わなかった。Nは、そこで手帳を閉じた。

5

最後の一杯のあとに、味噌汁が出ることがある。頼んだ人はいない。

閉めるとき、キエさんは真空管の電源を最後に切る。灯りが消えても、ガラスの中はしばらく赤い。

それが見えなくなるまで、キエさんは階段の電気をつけない。

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この記事を書いた人

作編曲家/電気主任技術者

YNU ☉⁠➛ 太陽光 †⁠➛ 学校 ⏚⁠➛ 半導体 ∴⁠➛ 独立

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