これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
研修は、居室の反対側にある応接室で受けた。ソファーは低く、深く、座ると膝のほうが高くなった。
同期は部署も年もばらばらで、配られた資料の束の厚さだけが揃っていた。
2
研修の初日が終わって、机に戻り、社内の予定表と一つになったメールを開いた。宛名がいくつも並んでいた。法人から学校へ、学校から法人へ、どれにも様が付いている。課長様とあるものも、各位様とあるものも、御中のあとに誰かの名前が続くものもあった。
その月の初めに受け取った僕の辞令には、名前のあとに殿とあった。
次の日、隣の席の同期にその話をすると、別の会社みたいですね、と言った。
3
同期は別の部署で、前は大きな食品の会社の、親会社のほうで人事をしていた。
グループの中でも名刺を交換していた、と同期は話した。社内の名簿で探すより、引き出しを開けるほうが早い。取引先で合流する前にも、先に交換しておく。
様を使うなら、外の人ってことですよね、と同期は言った。
4
研修が終わってしばらくして、同期は書類を届けに中学校高等学校の校舎へ行った。初めて会う体育科の教員に、名刺を渡した。教員はていねいに受け取って、ジャージのポケットにしまった。
次の日、同期は呼ばれた。教諭と職員は身分が違う、名刺は同じ身分のあいだで交わすものだ、と言われた。君のためだ、とも言われた。名前は一度も呼ばれなかったという。
呼んだのは、同期の部署の人ではなかった。
机の上に、同期の名刺が一枚置いてあった。机の向こうで、天井の蛍光灯が一本、白く映っていた、と同期は言った。
昼の食堂でそれを聞いた。僕は聞き返さず、同期の手元の箸を見ていた。
年が明けるころには、社内の名簿に同期の名前はなかった。僕の引き出しには、同期の名刺が一枚だけ残っている。
5
ローゼでその話をすると、Sは、自分でも渡したと思う、と言った。
Nは一つだけ聞いた。内と外は、誰が決めるの。
答えを待たずに、Nはグラスに口をつけた。キエさんが、針を落とした。

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