これも記憶で書く。だから細部は、記憶のかたちをしている。
1
次は僕の番だった。
Sは日付から話す。手帳を開かなくても、日付のほうが先に出てくる。僕には日付がない。残っているのは、形だけだ。
2
十月に入って、三月に出た。
机は柱の陰にあった。午後になっても、画面に日が当たらなかった。壁の時計は、駅の時計より少しだけ進んでいた。
3
覚えているのは、線のほうだ。机の端、窓枠、書類の罫線。罫線の中に何が書いてあったかは、出てこない。
それで足りる、とNが言った。
4
階段のほうから、声がした。
窓口の人たちは、電池が切れるのを待つしかない。
誰の声だったのかは、わからない。振り返らなかった。言葉だけが、耳に残った。
5
猫の置物が、こちらを向いていた。額のところで、黒と白がちょうど半分に分かれている。
キエさんがレコードを裏返した。針が落ちるまでの、短い間があった。
最初の朝にも、同じ長さの間があった気がする。

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